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鍛え極める~堺刃物職人の技(1)


訪問先: 株式会社和泉利器製作所(大阪府堺市)さま
文・写真: Laura Wheatley / 旅行写真家
翻訳: 山口 多恵




鍛え上げられた刃物というものを、長年世界中の人々は希求し、また貴(とうと)んできました。刃物を鍛錬する一連の工程を知れば、それも当然のことと納得がいきます。先日、私は包丁造りの匠(たくみ)の技をこの目で見ようと、堺区の歴史ある製作所を訪問しました。

銘を打たれ、出荷を待つばかりの包丁



堺には金属加工の技術が千年以上前から伝わっていましたが、その技が真に称賛されるようになるのは、16世紀半ば頃からです。港町であった堺は、数多(あまた)の交易の機会に恵まれていました。ポルトガルからもたらされる煙草や鉄砲が、人気の品目でした。

煙管(きせる)に詰めて煙草を吸うには、煙草の葉は細かく刻まなければなりません。そのため、堺の鍛冶職人たちは鋭利な刃物の製造を始め、結果、優れた品質の、一段と切れ味鋭い刃物が生まれることとなったのでした。

武士などに向けた刀を造ることで、この時代、堺は鉄工産業の第一線であり続けました。しかし、徳川幕府の終焉とともに武士は帯刀をやめ、需要も日本刀から包丁へと、移り変わっていったのです。

堺の鍛冶屋の誉れ高い技術は、世代から世代へ連綿と受け継がれてきました。その中の一つ、八代にわたり名品を造り続けてきたのが、堺の和泉利器製作所(いずみりきせいさくしょ)です。

1805年創業の和泉利器製作所は、日本そして世界のプロの料理人、また一般家庭に向けた最高品質の包丁を、200年以上にわたり専門的に造り続けてきました。堺が食の都・大阪に近接していたことも、耐久性の高い、優れた品質の包丁を追求し続けた理由となりました。製作所の「堺刀司(さかいとうじ)」ブランドは確固たる地位を確立していますが、さらに製作所は、モリブデン鋼(こう)やダマスカス鋼といった新たな素材を製品に取り入れることを、試みています。

ダマスカス鋼の包丁



今日(こんにち)世界に出回る多くの料理包丁は、機械により生産されています。クッキーカッターのように、ステンレス鋼板(こうはん)から刃物の形を切り抜くのです。このように切り抜いて造られた刃物は、やや耐久性に劣り、切れ味も長くは持ちません。対して堺の包丁は、その品質に定評があります。格段に鋭い切れ味のみならず、その鍛造(たんぞう)の工程、用いられる素材によって、丈夫で長持ちするという特性を兼ね備えるのです。

日本製の包丁は軽くてバランスが良く、使い手に負担をかけにくく造られています。とりわけ堺の刃物が優れた存在であるのはなぜなのか、そしてその鍛冶の工程に迫るため、私は和泉利器製作所本社にて、七代目・信田圭造(しのだけいぞう)氏にお会いしました。信田氏は、堺刃物商工業協同組合連合会の理事長を兼任されています。

さまざまな砥石


包丁を研いで見せる信田氏



自己紹介のあと、製作所の隣にある「堺刃物資料館」を、信田氏に案内して頂きました。鍛冶工程に用いられる道具の独特な名称や、世界中から集められた、古き時代の刃物、鉄砲、刀剣に、私は惹き込まれました。続いて信田氏は、様々な硬度の砥石を用い、和包丁を正統な技法によって研ぎ澄ますという職人技を、研ぎ場にて披露して下さいました。その際、それぞれの砥石が、めいめいに異なる役割を果たすということを見せて頂きました。そして、今しがた研いだばかりの包丁を手にすると、信田氏はもう片方の手で一片の紙片をつまみあげ、包丁を振り下ろしました。すると、紙片は易々(やすやす)と―まるでバターのように、すっと切れたのです。私は刃の鋭さと、刃の立てたえも言われぬ音に圧倒され、思わず笑みがこぼれました。

研いだばかりの包丁で紙を切って見せる信田氏


この通りの切れ味



種々様々(しゅしゅさまざま)の珍しい刃物が展示され、光に照らされて、鈍く輝いていました。さらに信田氏は、日本の打刃物(うちはもの)が、実用性・性能の面で他の刃物とどう違うのかについて、説明して下さいました。研ぎの実演の後、鍛造の現場を見学するために、堺区にある別の場所へ私達は向かうこととなりました。


「鍛え極める―堺刃物職人の技(2)」に続く