飾り金具が引き立てる木と漆の芸術~岩谷堂箪笥(1)
かつては商家や民家の金庫や階段代わりにも利用されたという堅牢な家具、岩谷堂箪笥(いわやどうたんす)。和室はもちろん、洋間でも室内の空間に岩谷堂箪笥が一つ置かれているだけで、その部屋の空気を非常に上質なものに変える存在感を持っています。一つあるだけでその場の空気を上質なものに変える存在感。(藤里木工所様ショールーム)
近年では、伝統的な重厚なものだけではなく、上質感はそのままに、箪笥作りの技術を活かしたモダンで軽やかなデザインの家具も発表されています。
JTCOでは、岩手県奥州市で岩谷堂箪笥の生産・販売に携わる2企業1組合を訪問し、インタビューを行いました。本日は、そのインタビューレポートの第1回目をお届けします。
岩谷堂箪笥とは:
岩谷堂箪笥の歴史は、平泉が栄えていた12世紀頃にさかのぼると伝えられています。その頃は箪笥ではなく、長持に似た大型の箱のような姿だったと考えられています。
江戸中期の18世紀後半になると、時の岩谷堂城主、岩城村将は米に依存した経済から脱却するため、箪笥の製作、塗装を研究させ、火事のときにも貴重品を運び出せるような、車付きの箪笥を作らせました。岩谷堂箪笥を特徴づける金具も、鍛冶と彫金のものが考案され、鍵のかけられる実用性と、飾り金具の華やかさを兼ね備えた箪笥が生産されるようになりました。
参考: 岩谷堂箪笥生産協同組合Webサイト
インタビューレポート(1)
槌音が金属板に命を吹き込む~「彫金工芸 菊広」様
訪問日:2010年10月11日
「彫金工芸 菊広」様は、岩谷堂箪笥生産に携わる企業の中で、ただ1社、3名の職人さんが彫金金具を専門に生産されています。今回は、2人のお弟子さんが作業されている仕事場でお話を伺いました。仕事場に近づくと、トントン、カンカンという槌音に迎えられます。
細部まで彫り込まれた打ち出し金具の龍(鉄製)
―彫金のお仕事を始められてからどのくらいになるのですか?
及川さん(以下敬称略):私は13年で、今年伝統工芸士の資格を取りました。
小田さん(以下敬称略):私は12年で、もうすぐ資格を取ります。
註:伝統工芸士の資格取得には、12年以上の実務経験が必要。
―どのように彫金の仕事に入られたのですか。
及川: 私は地元出身で、子どものころから身近にこういった仕事があるのを知っていて、興味を持っていました。
小田: 私は関東出身ですが、職人になりたいと思っていて、大学生のときに彫金に出会って、それで大学を中退して弟子入りすることにしました。
―(鏨(たがね)の入った道具箱を見て)たくさん彫る道具があるのですね。
及川: 道具を作ってくれる職人さんがいるわけではないので、道具は自分たちで使いやすいものをひとつひとつ作るんです。
江戸時代の岩谷銅箪笥。金具が平面的。
―(作業場にある箪笥を見て)この箪笥はずいぶん古そうですね。
及川: それは江戸時代後期くらいの箪笥なんです。金具が今のように立体的ではなく、平面的でしょう。かつては金具はこういうものだったのです。
小田: 鍵がかかるようになっていますが、今でも鍵の仕組みは手作りで作っています。
―彫金金具はそれだけでとても美しいですね。箪笥用の金具のほかには、何か作っていますか。
小田: 仏具用の金具を作ることもあります。
及川: お土産用の商品を制作することもありますが、どうしても価格が高くなってしまいまして・・・(額に入った彫金金具を見せていただく)。
銀製の仏具用金具。
―彫金金具はどんな材質でできているのですか。
小田: 鉄や銅、ごく稀に真鍮や銀です。当社は手打ち金具のみですが、鉄製のものは南部鉄器で作られる鋳物もあります。
―絵柄はどのように作られるのですか。
小田: 昔から伝わっている、獅子や龍、牡丹などの絵柄があって、いまもそれを利用しています。
―彫金金具はどんな風に作るのですか。
小田: まず、絵柄の描いてある型紙を金属の板の上に貼って、表から鏨(たがね)で彫り込んでいき、更に細かい線を彫っていきます。線の内側を裏から打ち出し用金槌で叩いて、絵柄を打ち出していきます。うまくできていなければ、作り直すこともあります。最後に、切り鏨(たがね)や電動ノコギリで輪郭に沿ってカットして、やすりをかけ、表面の仕上げに入ります。
輪郭を彫り込んでいるところ。
―ここまでの金具を作れるようになるまでに、いろいろなご苦労があったでしょうね。
小田: 始めは、本当にはじっこの、目立たない部分からやらせてもらいました。それを続けていって、だんだん他のところもやらせてもらえるようになって、細かいところまで出来るようになって行くんです。
インタビューを終えて:
インタビューに伺った作業場をあとにすると、すぐにまたトントン、カンカンという槌音が聞こえ始めました。何の変哲もない金属の板に、槌で少しずつ叩いていくことによって牡丹の花が咲き、龍が生き生きと舞うのは、本当に魔法を見ているかのようでした。彫金金具はそれだけでも非常に精巧で美しく、芸術品といえるものです。この技術が箪笥のみにとどまらず、もっと多くの場面で利用され、そして受け継がれていって欲しいと思いました。
仕上げの終わった完成品。
銅製の龍。