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青い山河の賜物~土佐和紙のふるさと訪問記

JTCOでは、伝統工芸に携わるみなさんのお話をお届けするレポート第1回目として、土佐和紙の主要産地である高知県吾川郡いの町を訪問しました。


訪問日: 2010年7月16日
訪問先: 高知県吾川郡いの町

大河ドラマの主題として一大ブームとなった坂本龍馬のふるさと、高知県。高知で生産される土佐和紙の歴史は古く、10世紀に編纂された『延喜式』という律令の施行細則が定められた文献に、献上品として土佐和紙が記されており、そのころにはすでに紙漉きがこの地の産業として成立していたことが伺えます。

和紙の生産には、原料となる楮(こうぞ)や雁皮(がんぴ)などの原料を育てる山や質のよい豊富な水が欠かせませんが、高知県はこのような自然条件を備えた土地で、古くから上質の紙が作られてきました。

今回訪れた吾川郡いの町も、緑豊かな山に抱かれ、四国一の清流を誇る仁淀川(によどがわ)を臨む紙のまちです。いの町には製紙業を営む企業は数多くあり、今回は1企業、1工業会(伊野製紙工業会様:いの町紙の博物館内)、1組合(高知県手すき和紙協同組合様)を訪問して、お話を伺いました。

四国一の清流を誇る仁淀川

四国一の清流を誇る仁淀川

海外でも高い評価 ― 土佐和紙の特性・用途

土佐和紙の特性・用途和紙の原料として代表的なものは、楮(こうぞ)・雁皮(がんぴ)・三椏(みつまた)ですが、天然素材であれば竹なども使用されることがあります。和紙の産地によっては、単一の原料が使用されるところもあるそうですが、土佐和紙の職人さんは、さまざまな原料を使用して紙漉きのできる方が多いのが特徴です。

現代の紙漉きには手漉きと機械漉きがあり、手漉きは繊維がよく絡むためより丈夫な和紙ができますが、機械漉きは手漉きでは漉けないような厚い紙や、薄い紙をエンドレスに漉くことができるため、製品の特性によって適した技術が選択されます。漉き方だけではなく、原料の処理の仕方や原料の質、道具によっても製品の品質が左右されます。

土佐和紙の主な用途は伝統的な表具(巻物や掛け軸、屏風や障子紙など)や文房具(日本画や書道用の紙、名刺・便箋など)ですが、天然素材で吸湿性にも富むことから、近年ではシックハウス症候群対策として住居の内装資材としても注目されています。また、丈夫で耐久性に優れているため、イタリアのシスティーナ礼拝堂の壁画やルーブル美術館の所蔵品をはじめとして、文化財の修復用紙としても国内外で高く評価されています。

高知産の良質な原料を使用した製品は、封筒などを作る際に裁断機の刃に負担をかけてしまうほど強靭で、その強さや軽さを活かして、バッグや名刺入れなどの小物、紙布(紙と絹・綿・麻などを織り合わせた布地)などの製品も開発されています。

土佐和紙のウェディングドレスとブーケ

土佐和紙のウェディングドレスとブーケ(いの町・紙の博物館)

年々難しくなる原料や道具の調達

今回お話を伺った企業様では、すべての製品に良質の国産原料を使用しており、皇居にも製品を納入されています。しかしながら近年では原料を生産する農家の高齢化により、思うように国産原料が調達できなくなってきています。このため、近年では外国産の輸入原料が使用されることが多いのが現状です。

また、原料を処理したり紙を漉いたりするときに使用する道具を作る職人さんも年々減ってきており、原料だけでなく道具の在庫も必要になってきています。

宮家に献上される幻の紙、八千代紙

宮家に献上される幻の紙、八千代紙(いの町・紙の博物館)
(質のよい和紙は、時間の経過とともに黄ばむのではなく、白くなり光沢が増していきます)

エコシステムと製紙業

製紙には大量の水が必要であり、いの町の製紙業界では仁淀川の水でこれをまかなっていますが、当然産業廃水の問題も出てきます。仁淀川では漁業も行われているため、廃水処理装置を設置して、製紙によって排出される水の浄化が行われています。伊野製紙工業会様では、このような環境対策や地元の漁業組合との調整にも当たられています。

また、山でよい原料を育てるためには山が元気でなければならず、山に元気がなくなれば、雨水や地下水が流れ込む河川の水質にも影響します。近年では林業が衰退したことで山が荒れ、原料となる植物の質や紙漉きに使用する水の質への影響も避けられない状況となってきています。

販路の確保

和紙製品の販路は、古くからの卸業・小売業経由のほかに、新規では組合経由や人づての紹介が主なものになっています。高知県手すき和紙協同組合様では、組合のホームページも開設していますが、問い合わせは電話が多く、販路開拓のツールとしてのインターネットの活用はこれからとのことでした。

技術の継承と開業の課題

経済が好調であったころには、公的な予算で工業会や組合が海外や県外から研修生を募り、後継者の育成を行っていたこともありましたが、昨今の経済停滞の中、そのような研修の実施も難しくなってきているとのことです。

また研修を終えたあと、高知県に残って職人として和紙生産に従事する人は少なく、開業を希望しても、和紙生産は「装置産業」と言われるように初期費用(300~400万)がかかるため、そのハードルが高くなっています。廃業した工場から機材を譲り受ける可能性もあるものの、通常は家屋と工場が一体となっていることが多く、譲渡が簡単にはいかないのが実情のようです。

和紙のランプ

和紙のランプ(いの町・紙の博物館)

訪問を終えて

普段パルプ紙を使い慣れているため、紙は「弱く、使い捨てるもの」というイメージがあったのですが、和紙は織物になれば洗濯にも耐え、古文書の修復などに見られるように、経年による劣化も少ないということを知り、パルプ紙とはまったく別のものであるという印象を持ちました。

今回、実際にさまざまな種類の和紙に触れてみて、そのしなやかな強さや美しさに、かつて紙が高級品や献上品として珍重されていた理由がわかりました。また、よい和紙を漉くためには山や川など、自然環境が豊かで健康であることが必要と伺い、伝統産業がいかに巧みにエコシステムのなかで続いてきたかということを実感しました。

原料や道具の調達に加え、後継者の育成などでも課題はありますが、製品の特性を活かした新しい商品の開発や販路の開拓によって、より多くの人に和紙製品を生活の中で使っていただきたいと思いました。

関連リンク:
JTCO伝統工芸品館・土佐和紙のページ