NPO法人日本伝統文化振興機構は、日本の伝統文化の継承・創造・発展のための活動を行っております。

JTCO日本伝統文化振興機構
日本語 | English
JTCO: Japanese Traditional Culture Promotion & Development Organaization

鹿革と漆が織り成す細密画~甲州印伝


訪問先: 山梨県甲府市「印伝の山本」
訪問日: 2014年01月24日


戦国大名・武田氏のお膝元、甲府市。甲府という地名は、16世紀に活躍した武田信玄の父、信虎が「甲斐国の府中(現代で言う県庁所在地)」という意味で命名したことに始まります。甲府は戦国時代に武田氏の本拠地として城下町が形成され発展したのに引き続き、近世には甲斐国の経営と江戸の西方守備の要として、また甲州街道の宿場町として栄えました。


鹿革の工芸品は、『日本書紀』に5世紀の終わりごろに高麗の革工によって日本にもたらされたとあり、日本ではもっとも古い革工芸です。印伝が現在よく知られている鹿革に漆で文様を描き出すという技法で作られるようになったのは江戸中期を待たねばなりませんでしたが、しなやかで軽く丈夫な鹿革の性質は武具や馬具の素材として重宝されたため、武家社会の進展と戦乱の世の中で鹿革工芸は大いに発展することになります。現代でも「信玄袋」と呼ばれる袋物がありますが、これは戦国武将が甲冑を入れておくために鹿革の袋を使用したことに由来するという説があります。


今回の取材では、日本で唯一甲州印伝の伝統工芸士の資格を持つ山本誠さんの技を受け継ぐ、長男の山本裕輔(ゆうすけ)さんにお話を伺いました。


袋物から小物まで、印伝にはめずらしい色とりどりの商品が並ぶ店内
袋物から小物まで、印伝にはめずらしい色とりどりの商品が並ぶ店内

―印伝とは、どのような工芸品なのですか?
山本(以下敬称略):
西暦700年代の書物に、鹿革に型紙を置き、煙で燻(ふす)べて文様を描き出した工芸品のことが書かれており、そのころまでにはこの技法で鹿革工芸が作られていたようです。現代のような、染色した鹿革に漆で細かい文様を描き出すという技法が始まったのは江戸時代と言われています。


「印伝」という名称は、デザインがインドを思わせる、インド風の文様であるというところから来ています。江戸時代、日本は鎖国をしていましたから、外国との窓口になっていた長崎経由で舶来のものはすべて幕府に献上されていました。その中に、インド更紗の絹織物があり、その非常に美しい文様に触発されて、国産の素材や技術で同じようなものが作れないかということで始まったようです。印伝の柄付けでは、鹿革に重ねた伊勢型紙の上に漆を置いていきますが、江戸小紋なども印伝と同じように伊勢型紙を使っていますね。



カラフルなうさぎ柄の商品シリーズ
カラフルなうさぎ柄の商品シリーズ


―現代の印伝では、中国南部や台湾に生息する鹿の革を使っているそうですが、これはなぜですか。
山本:
質のよい革が安定的に供給されるからです。最近は日本でも野生の鹿の頭数が増えたために駆除の対象になっていることもありますが、それでも県内は年間で3桁に満たない数です。中国から鹿革が入ってくるようになったのは昭和以降のことです。中国産の鹿革を染色してみて、その結果がよかったので一般に利用されるようになりました。漆もそうですが、原皮は外国からの輸入になっていますが、なめす工程からはすべて日本で行っています。


―(見せていただいた扇子ケースを触ってみて)とても軽くてしなやかですね。
山本:
鹿革はもともと柔らかいのですが、鞣しの行程を簡略化すると硬いものに仕上がります。うち(印伝の山本)では、鹿の革本来の柔らかさを生かした鞣し加工を施し、その革を使用しているので、柔らかいが厚みがあり丈夫なのが特長なんです。



―柄付けに使用する伊勢型紙はすべて手彫りだそうですね。
山本:
うちで使用している型紙は9割が手彫りの伊勢型紙です。OEM製品については、型紙のコストを抑えるためにレーザー彫りを利用することもあります。


―お父さまが甲州印伝唯一の伝統工芸士と伺っていますが、裕輔さんも資格を取られるのですか。
山本:
それも考えています。僕の場合、18歳から販売を始めて、21歳で制作を始めていますから、現在32歳なので販売の期間も含めれば資格の要件は満たしています。13年の実務経験という条件は厳しいようにも思いますが、後進の指導をするという目的もあるので、そういう意味では妥当かもしれません。
うちでは、裁断から柄付け、一部製品の縫製、販売にいたるまですべて家族でやっています。制作の部分が分業になってしまうと、技術の継承は難しくなるでしょうね。



―甲州印伝の制作をしている企業は現在4社のみで少ないように思いますが、技術の継承について将来何か考えていることはありますか。
山本:
印伝の制作を始めるには、道具や多種多様な型紙、材料などの購入のために多額の初期投資がかかります。ですので、例えば工房のスペースに余裕があれば、必要な道具などを貸与して独立支援をするなどのアイデアはあります。現状ではなかなか難しいですが・・・


―デパートなどでは、印伝製品はファッショングッズではなく伝統工芸品として販売されていることが多いのですが、それについてはどう思われますか。
山本:
数百年受け継がれてきた伝統技術であるというストーリーから離れる必要はないと思いますが、それをどのように販売するかは、自由な発想で考えていくべきだと思います。


訪問を終えて


今回お話を伺った店舗では、シックな印伝のイメージを覆すような、カラフルな色柄の商品が並んでおり、伝統の技法を守りながら、常に新しい可能性に挑戦されている様子が伺えました。
最近では、イギリスの博物館のミュージアムショップでも山本さんの印伝の取り扱いが始まったとのことです。昨年当機構で参加したパリのジャパンエキスポで感じた印伝製品に対する関心の高さを思い出し、日本はもちろん、今後海外でも印伝の魅力を一人でも多くの方にご理解いただくための活動を引き続き行っていきたいと思います。