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現代日本人の喪失感を補うもの

2010/04/20
現代日本人の喪失感を補うもの

最近、メーチニコフの回想の明治維新―一ロシア人革命家の手記 (岩波文庫)を読んだ。著者は、故国ロシアを追われた放浪のナロードニキ派の革命家である。偶然、欧州に滞在中の大山巌と知り合い、明治7年に日本に教師として招聘されたのである。招聘の最終決裁者は大山の上司である西郷隆盛である。ナロードとは、「人民の中へ(ヴ・ナロード)」から来ている。欧州人の多くが、明治維新直後の日本を、「アジアの後れた国」としてみなしていた。しかし、著者が直に見聞した一般庶民を含む諸階層の日本人は、当時の欧州人よりも民度が高いと彼は述べている。識字率の高さ、素朴で豊かな感性、教養に対する希求心、新しもの好きなど、日本人の特性を見抜くと同時に、それを育んだ中世以降の日本歴史を分析している。わずか一年半の日本滞在で、これほどの広範な思索ができたとに驚嘆させられる。ちなみに著者の兄は、ノーべル生物学・医学賞を受賞した人で、トルストイの小説の題材にもなっている。

このメーチニコフが「日本人を発見」した時から、140年近くが経過している。この間に、富国強兵政策、数次の戦役、太平洋戦争の大敗北を経験し、その後、世界を驚かせるほどの経済復興を遂げた。確かに、高層ビル群、高速道路、欧米流のビジネス社会は出来上がったかもしれないが、日本人は、何かを失ってしまったのではないか。日本人が、欧米追従に邁進し、長い坂道を登り切った時、その先、どのように進むべきかが判らなくなった。茫然自失である。

私が幼少期を過ごしたのは、豊前の山間部で、戦後間もなくの時期である。当時の村には、桐を削る下駄屋、畳屋、鍛冶屋、指物師、馬蹄屋、手漉き和紙屋、竹細工屋など、様々な仕事師が細々とではあるが生計を営んでいた。学校帰りなどに、店先を覗き込む、作業場の中まで入って、飽きずに手作業(足技)を見ていたものである。こうした手仕事、人間の四肢をフルに使いきって何かを作り上げる、サービスをする文化は、衰退の一途を辿っている。これは、日本最古の建築文化とも言える神社仏閣を作る宮大工の昨今の事情を読むことでも判る。

どの方向に進むべきか、それが判らなくなったときには、過去、歴史を振り返るしかない。メーチニコフが、明治維新直後に発見した日本人の美しい生活様式、文化、伝統を今改めて見直す必要がある。むしろ、それなくして、現代日本人が抱く喪失感、虚無感を補完することはできないと思う。(了戒)