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NPO法人日本伝統文化振興機構は、日本の伝統文化の継承・創造・発展のための活動を行っております。
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総数:401件


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伝統工芸品山形県

山形県
工芸品の分類 織物
工芸品名 米沢織

主要製造地域:山形県




《特徴》
米沢織は、山形県米沢の地でその歴史が築かれており、その歴史には上杉家が深く関わっています。
高品質な織物として知られている米沢織ですが、麻を使って織られた麻織物・絹を使って織られた絹織物へと遷移し、現在では、絹をはじめとして化合繊まであらゆる種類の糸を組み合わせ手の込んだ織物へと変化してきました。

また、時代とともに染め方にも変化がありました。米沢織が織り始められた当時は、、植物のほか土や泥、貝など天然の材料で染められる「草木染」が主流でしたが、現在では化学染料でも染められるようになり、カラーの彩度や種類などの幅が広がりました。

このように米沢織は時代の流れとともに職人の手によって織り方・染め方が大きく変化し現在の「米沢織」になりました。

袴や帯などが主に生産されていましたが、最近では、女性向けのスーツやワンピース、コート、おしゃれなフォーマルドレスの高級生地を作っています。さらに多品種少量生産体制がとられ個性的なデザイナーズブランドや有名ブランドでも使用されており、世界的な評価も高くなっております。

YouTube動画はこちらから


[山形県ふるさと工芸品]
提供:米沢繊維協議会 様


伝統工芸品「米沢織」で作られた袴の写真

素材 絹、人絹、化学繊維
製法・工法 【1】商品企画
どのような商品を製作するか検討します。柄の制作は絵柄や模様をデザインした組織図をコンピュータに入力して、織物の設計図を作ります。

【2】染色
先染めの場合、設計図が作成された後、糸に染色していきます。
現在は化学染料が主流になりましたが、伝統的な自然の染料でも染色が行われています。
多種多様な糸は、職人の技術と経験によって染められ、人の目で見極められます。

【3】準備
糸繰り機で、カセから枠に糸を巻き取ります。
経糸を必要な長さと本数に揃え、織機にセットできるようにします。

【4】製織
織機には、手織り機や機械の動力で織る力織機があり、手織り、ジャカード織、ドビー織などの織り方が行われています。最近では、コンピュータ制御で高速に織られています。

【5】整理
布の幅をそろえ、しわをのし、光沢を与えるなど、丁寧に仕上げが行われます。品質など細かなチェックをします。

【6】縫製
織上がった反物や、洋服を仕立てます。
織物は繊維の種類や撚りの方法によって、独特の風合いが生まれます。
歴史 江戸時代の初めに既に米沢織の原料である桑・からむし・紅花などが栽培されていました。
慶長6年(1601年)に上杉家が米沢に入城し、関ヶ原の戦い後、藩主上杉景勝の重臣であった直江兼続は、城下町の整備を行う一方でこれらの特産物を引き続き奨励しました。

安永5年(1776年)第九代米沢藩主の上杉鷹山の産業開発により、越後から縮師を迎えて縮役場を設け、家中の女子に織り方を習得させ、米沢織の初めといわれる青苧を原料とする麻織物を織り出されました。
のちに鷹山の藩政改革により、桑の栽培と養蚕が盛んになると、織物は麻織物から麻絹交織、そして絹織物へと移行していきます。

明治に入り、化学染料による染色方法が普及し、力織機の改良開発が行われます。米沢織物の海外向け製造も始まり、主にインド・アメリカに輸出されました。
これが米沢織物輸出の土台となり、戦後海外展示会開催も行われるなど伝統となっていきます。

大正6年(1917)同8年(1919)の米沢大火が力織機への転換を促進しさらに近代化が進みます。現在、全国で第一位のシェアを占める袴地の生産は大正時代から頭角を現します。良品を出す為の人々の努力によって、米沢織物は綿々と現在に至っています。

戦後の洋装化に伴い、合成繊維織物等の新品種の開発や仕上げ加工技術の進歩に対応して、米沢織物の婦人服地は産地の新分野を確立していきます。
現在は、高級婦人生地として海外有名ブランドにも使用されているほどで、絹や化合繊まであらゆる種類の糸を組み合わせ手の込んだ製品を作り上げます。
また、呉服の高級化志向により品質の向上、商品開発が進み、紅花染をはじめ草木染等の新商品が生まれました。
関連URL http://www.yoneori.com/

◆展示場所
米沢繊維協議会
〒992-0039
山形県米沢市門東町1-1-87
TEL:(0238)23-3525/FAX:(0238)23-7229