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NPO法人日本伝統文化振興機構は、日本の伝統文化の継承・創造・発展のための活動を行っております。
伝統工芸館 カテゴリ

総数:401件


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総数:401件

伝統工芸品福岡県

福岡県
工芸品の分類 仏壇・仏具
工芸品名 八女福島仏壇

主要製造地域:福岡県




《特徴》
「八女福島仏壇」は、全体に漆塗りと金箔が施された荘厳華麗な仏殿楼閣型の仏壇です。

八女福島仏壇は、台輪の形の違いにより、壁立ての下部の台輪が三段ある「福島型」、台輪が1つでその部分が戸棚になっている「八女型」、二段台輪に引き出しをつける「八媛型」の3形式に分類されます。

その独特な風格を保つために、材料は江戸時代以前から伝統的に使用されてきたものを用い、ほとんどが手作りです。そのため修理、修復が可能で100年経った仏壇も修復しています。

産地は、木地、宮殿、金具、彫刻、蒔絵、仕上げの6つの分業制がとられており、独立した部分業が営まれています。それぞれの工程には各所にすぐれた技法が使われ、10年の経験がないとこれらの作業工程をこなせないといわれています。

[国指定伝統的工芸品]
提供 : 八女福島仏壇仏具協同組合 様

素材 木地(スギ、ヒノキ、ヒバ、ベニマツ、ホオノキなどの木材)
製法・工法 八女福島仏壇が出来上がるまでには、彫刻加工(8工程)、金具加工(毛彫13工程、地彫8工程)、塗装加工(膠下地塗26工程、堅地塗33工程)、蒔絵加工(8工程)と総組立てに分けられ、全工程数は80工程余りにのぼります。木地、宮殿、彫刻の木工部分の一部を除いて、ほとんど手加工による伝統技法が継承されています。

【1】 木地造り
厳選されたスギ、ヒノキ、ヒバ、ベニマツ、ホオノキなどの木材で仏壇の本体を作り、構造はほぞ組み及びほうき摺りによる組立式をします。

【2】 宮殿造り
こまかな部分を手仕事で作り、各々組立式に宮殿を作ります。

【3】 彫刻
図柄を選定し、ヒノキ、ベニマツなどの木材に、のみ、小刀などにて手彫りします。

【4】 金具
銅、銅合金、その他の地金に手加工にて金彫をしたのち、仕上げをし純金加工などを施します。

【5】 漆塗り
型作られた木地の上に下地加工したのち、天然精製うるしにて手塗りします。

【6】 金箔押し
天然精製箔押しうるしにて、純金箔を1枚ずつ張り、またはその上に金粉を施します。

【7】 蒔絵
天然精製うるしを塗布した塗面に、漆で下絵を描き、その上に金粉、銀粉、貝などを蒔き、さらに加筆または研出します。

【8】 組立
上記工程で加工された部品を、総合的に最終組立をします。
歴史 八女地方は古くから信仰心の強い土地柄で、地域内には奈良時代建立の大円寺、行基建立といわれる光明寺、その末寺の上妻(八女)の七福寺といわれる寺々があります。しかも、江戸時代に入ってキリシタン禁制が法制化され、このような背景のなかから仏壇作りが始まったとみられております。

八女福島仏壇の創生には次のような逸話が残されています。江戸時代後期の文政4年(1821年)、指物大工の遠渡三作がある夜、荘厳華麗な仏閣の夢を見て思い立ち、同業者だった井上利久平、平井三作の両名に協力を求めて仏壇製造を志したというもの。しかし製造技術が確立されたのはもう少し後の嘉永年間(1850年頃)これが、九州での仏壇製造の源流ともなっており、江戸時代末期には仕上師18人、彫刻師7人、仏師7人、絵物(木地)師10人を数えるほどに発展していたのです。

さらに久留米藩による住居や生活への各種の制限が解除された明治維新以後、仏壇製造はますます増加、他産地と同じく明治になって産業としても確立したものと思われます。 明治15年(1882年)には旧・福島町(現・八女市)を中心にして、囲い、彫刻、宮殿、仕上げの4組合が組織され、今日の発展の基礎を築きました。その後も順調に生産が伸び、産地規模も拡大していった現在、広大な産地をもち生産を増加させながらも、なおかつ昔ながらの伝統技法を守り育てています。
関連URL http://yamebutsudan.or.jp/index.html

◆展示場所
八女伝統工芸館
 (作品の購入・職人さんによる実演コーナーが見学できます / 毎週日曜日)
 〒834-0031 福岡県八女市本町2-123-2 
 TEL : 0943-22-3131