総数:127件
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《特徴》
鶴崎踊りには、しっとりと優雅な猿丸太夫と軽快なテンポの左衛門の二つの踊りがございます。現在は、猿丸太夫を主に踊っておりますが、歴史的には左衛門の方が古く、鶴崎では昔から左衛門のことを三つ拍子とも呼んでおりました。各町内会や企業・各種団体の踊り子たちが、外題を書いた旗を先頭に 趣向を凝らした金銀の華やかな仮装で大きなやぐらの前に集まります。
「来ませ見せましょ鶴崎踊 何れ劣らぬ花ばかり」「豊後名物その名も高い 踊る乙女の品のよさ」横笛や胡弓などの囃子の音と口説きに合わせ、千人の踊り子が七重八重の輪になって踊る姿は、まさに「絢爛豪華」。絢爛豪華な世界は、見物に訪れた多くの観衆の心をひきつけてやみません。
【左衛門 とは】
踊の起源は、遠く永禄三年(1560年)、時の豊後の国主大友義鎮公(後の大友宗麟公)が、一時遊興にふけって政治を省みないため、重臣の戸次鑑連は、これを諌めようと、一計を案じ、京都から踊り子を招いて日夜踊らせ、それを聞いた義鎮公は、堅物の鑑連が踊り好きとは不審に思い、見物に出かけました。鑑連は「三つ拍子」という踊りを踊らせ、義鎮公の機嫌が良くなったところで、涙ながらに諌めたところ、忠言を聞き入れたとのことです。その時の踊りが三つ拍子、左衛門の始まりといわれております。
【猿丸太夫】
今日、「鶴崎踊」といいますと猿丸太夫を指しますが、猿丸太夫は伊勢踊りが起源といわれております。江戸放映年間、西暦1704年~1711年ころ、鶴崎は肥後熊本細川氏54万石の飛び地で、藩主の江戸参勤の発着地として、「波菜之丸」をはじめ百余艘の藩舟が置かれ、また京・大阪との交易の窓口の港町としても大変繁栄しておりました。
このため、町民の気質は明るく、芸能も盛んであったようです。当時、日本の各地では伊勢参り「おかげ参り」が大変流行しており、鶴崎からも伊勢参宮に赴く者が相当におりました。それら参団の人々が「伊勢踊り」を覚えて帰り、風土と相まって盛んに踊られるようになり、当地に定着したものが「猿丸太夫」ではないのかと伝えられております。
[国指定重要無形民俗文化財]
提供: 一般社団法人 大分市観光協会 様
鶴崎踊りには、しっとりと優雅な猿丸太夫と軽快なテンポの左衛門の二つの踊りがございます。現在は、猿丸太夫を主に踊っておりますが、歴史的には左衛門の方が古く、鶴崎では昔から左衛門のことを三つ拍子とも呼んでおりました。各町内会や企業・各種団体の踊り子たちが、外題を書いた旗を先頭に 趣向を凝らした金銀の華やかな仮装で大きなやぐらの前に集まります。
「来ませ見せましょ鶴崎踊 何れ劣らぬ花ばかり」「豊後名物その名も高い 踊る乙女の品のよさ」横笛や胡弓などの囃子の音と口説きに合わせ、千人の踊り子が七重八重の輪になって踊る姿は、まさに「絢爛豪華」。絢爛豪華な世界は、見物に訪れた多くの観衆の心をひきつけてやみません。
【左衛門 とは】
踊の起源は、遠く永禄三年(1560年)、時の豊後の国主大友義鎮公(後の大友宗麟公)が、一時遊興にふけって政治を省みないため、重臣の戸次鑑連は、これを諌めようと、一計を案じ、京都から踊り子を招いて日夜踊らせ、それを聞いた義鎮公は、堅物の鑑連が踊り好きとは不審に思い、見物に出かけました。鑑連は「三つ拍子」という踊りを踊らせ、義鎮公の機嫌が良くなったところで、涙ながらに諌めたところ、忠言を聞き入れたとのことです。その時の踊りが三つ拍子、左衛門の始まりといわれております。
【猿丸太夫】
今日、「鶴崎踊」といいますと猿丸太夫を指しますが、猿丸太夫は伊勢踊りが起源といわれております。江戸放映年間、西暦1704年~1711年ころ、鶴崎は肥後熊本細川氏54万石の飛び地で、藩主の江戸参勤の発着地として、「波菜之丸」をはじめ百余艘の藩舟が置かれ、また京・大阪との交易の窓口の港町としても大変繁栄しておりました。
このため、町民の気質は明るく、芸能も盛んであったようです。当時、日本の各地では伊勢参り「おかげ参り」が大変流行しており、鶴崎からも伊勢参宮に赴く者が相当におりました。それら参団の人々が「伊勢踊り」を覚えて帰り、風土と相まって盛んに踊られるようになり、当地に定着したものが「猿丸太夫」ではないのかと伝えられております。
[国指定重要無形民俗文化財]
提供: 一般社団法人 大分市観光協会 様
所在地 | 大分県大分市東鶴崎 |
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展示場&開催場所 | 大分県大分市東鶴崎 鶴崎公園グラウンド |
問い合わせ先 | 本場鶴崎踊大会実行委員会(大分市鶴崎支所内)
Tel / 097-527-2111 |
アクセス | 電車で … JR日豊線鶴崎駅から徒歩7分。
バスで … 大分バス「鶴崎支所前」、「鶴崎」バス停下車。 |
観るポイント | 国の無形民俗文化財に選択されている「鶴崎踊」は、450年の伝統を持つ、大分県を代表する踊りです。三味線や横笛、胡弓等のお囃子の音とともに、千人を超す踊り子が金銀の華やかな衣装をまとい、七重八重の和を作り踊る様は、豪華絢爛奈歴史絵巻を見ているようです。大会終了時には、花火も上がり大分の夜を彩ります。 |
伝統文化の 体験・一般参加 |
【本場鶴崎踊大会】一般の方も飛び入り参加が可能です。
日時:8月の最終土・日曜日 場所:鶴崎公園グラウンド |