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NPO法人日本伝統文化振興機構は、日本の伝統文化の継承・創造・発展のための活動を行っております。
三河万歳 | 郷土芸能・民俗芸能 カテゴリ

総数:115件

伝統文化

三河万歳
伝統文化の分類 郷土芸能・民俗芸能
文化名 三河万歳



三河万歳《特徴》
万歳(まんざい)とは、烏帽子に素袍を着た太夫が、才蔵の打つ鼓に合わせて、 かけあいで、めでたい文句をとなえ歌い舞えば、歌のとおりになる、と信じる予祝の芸(祝福芸の一つ)をいいます。古くは800年前、大和国(現在の奈良県)の祈祷師が、京の宮中へ出かける千秋万歳が知られています。

三河万歳の歴史は、戦国時代から始まります。別所(現在の安城市東別所町・西別所町)の祈祷師が安祥城(現安城町)の松平氏(徳川将軍家の先祖)のもとで、先勝祈願などの祈祷をしていました。それは家康の頃には、祈祷に加えて物語を語りながら舞うことから「舞々」とよばれました。
江戸時代になると、三河の祈祷師たちは正月に江戸へ出かけ、三河と縁のある武家など(檀那場)を回るようになりました。その内容も宮中にならった万歳に変化し、これが武家の間でもてはやされると、万歳師の出身地にちなんで「三河万歳」と呼ばれました。江戸時代後半の万歳の多くは、家々の門や玄関で舞う「門付け万歳」でしたが、三河万歳は檀那場で舞う「座敷万歳」をすることが特徴でした。
ところが、近代国家建設をめざす明治政府は、昔ながらの占いや祈祷をする万歳を禁じました。そこで三河の万歳師は、明治政府がすすめる神道の形をとり、唱える言葉や服装を神主風に変えました。

三河万歳の1種である、安城の三河万歳は、大きく3つの演目に分けられます。

《1》太夫と才蔵の2人で演じる「神道三河万歳」
神道三河万歳には、「三羽鶴の舞」「七草の舞」「天の岩戸開きの舞」の3種があります。鶴、亀、海老、鯛、繁盛、豊年など、めでたい詞をつらね、身振り手振りをまじえておもしろおかしく舞いますが、その芸風が古風だとして注目されています。太夫と才蔵の2人で演じる別所の三河万歳が伝えてきた演目です。

《2》扇を手にした太夫は中央に、鼓を持った才蔵は左右に2~3人ずつ並び、舞台で演じることを意識して演じられた「三河御殿万歳」
新春に鶴と亀が訪れて、家を立てる柱に神々を呼びこみ、そこへ七福神がきてにぎやかに祝うことが歌われます。太夫は扇を手にして中央に、才蔵は鼓を持って左右に2~3人ずつ並び、ともに笑顔で演じます。めでたいことばやかけことばをいくつも使い、語呂よくうたいます。 前半は太夫は床机(しょうぎ)に腰掛け、才蔵は座ったまま進みますが、後半になると立って舞いながらうたいます。

《3》歌舞伎の名場面を題材にした滑稽な演技に、鼓と三味線と胡弓の3つの楽器の演奏を加え人々を楽しませた「三曲万歳」
歌舞伎の名場面を題材に、滑稽な言葉やしぐさで演じます。鼓に三味線と胡弓を加え、3つの楽器を使うので三曲万歳といいます。芝居万歳とも呼ばれ、たいへんもてはやされました。

[国指定重要無形民俗文化財]
提供:安城の三河万歳後援会事務局 様

展示場&開催場所 新春に、神社や安城市歴史博物館で。
詳しくは下記連絡先にお問い合わせください。
問い合わせ先 安城の三河万歳後援会事務局(安城市歴史博物館内)
TEL 0566(77)6655/FAX 0566(77)6600
観るポイント 安城の三河万歳の歴史は戦前にあります。安城には、別所の三河万歳とは別に、尾張系の万歳が榎前町や福釜町に伝わっていました。戦後、別所では万歳を続ける人が少なくなったのに対して、榎前・福釜の万歳は盛んになり、安城の万歳として知られるようになりました。その後には保存会を結成し、伝統ある別所の三河万歳が、新たな演目として受けつがれました。
伝統文化の
体験・一般参加
【展示】
安城市歴史博物館
〒446-0026 愛知県安城市安城町城堀30番地
TEL 0566(77)6655/FAX 0566(77)6600
URL http://anjomikawamanzai.sakura.ne.jp/index.html



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