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NPO法人日本伝統文化振興機構は、日本の伝統文化の継承・創造・発展のための活動を行っております。
伝統工芸館 カテゴリ

総数:333件


都道府県

総数:333件

伝統工芸品長野県

長野県
工芸品の分類 和紙
工芸品名 内山紙

主要製造地域:長野県




《特徴》
内山紙は楮(コウゾ)のみを原料として、洋紙パルプを混入していません。
楮100%の手漉き和製は強靱で通気性、通光性、保温力に優れています。

製造工程でコウゾの繊維を取り出してから雪にさらします。
雪にさらすことで雪が溶ける際に発生するオゾンが持つ漂白効果によってコウゾの皮が白く漂白されます。
薬品の使用量が少ない方法によって得られた自然な白さは丈夫で日焼けしにくく長持ちします。
この優れた特色によって障子紙の代名詞ともなっています。

変色しにくい性質と強靱さから筆墨紙としても秀でていて、官公庁で使用される手漉き和紙の多くで内山筆墨紙が使われていました。
戸籍台帳用紙で長期間に渡り全国的なシェアを持っていたのも、安定性や保存性が高く信頼できる紙として評価を得ていた証です。

毎年6月に新潟で行われている白根大凧合戦は、巨大な凧を川の両岸から揚げて凧綱を絡めて引き合い、先に凧綱が切れた側が負けになるという江戸時代から続く勇壮な祭りです。
この合戦で使われる大凧は横5m×縦7m、畳にして24畳分という世界最大級の凧で、竹の骨組みに和紙を貼って作られます。
大凧には参加する組ごとに先人から受け継がれてきた作り方の工夫があります。
強靱さが大凧作りに適していることもあって、内山紙を使用した大凧が空を舞っています。

[ 国指定伝統的工芸品(経済産業大臣指定) ]
提供 : 内山紙協同組合 様

素材
製法・工法 【1】 楮の栽培
コウゾはクワ科の植物で、専用に栽培した樹皮の部分の繊維を和紙の原料として使用します。

【2】 蒸煮・皮はぎ・黒皮乾燥
採取したコウゾは80センチから1メートルほどの長さに切って結束し、大釜で蒸します。
熱く柔らかい内に原料となる皮の部分を剥ぎ取ります。
剥いだ皮を黒皮と呼び、天日に干して乾燥させます。

【3】 凍皮・皮かき
乾燥した黒皮を水に浸して十分に水を含ませてから、夜間屋外に放置して凍らせます。
これを3回ほど繰り返すことで表皮をはぎ取りやすくするのです。
凍結した黒皮の表皮を「おかき」と呼ばれる道具を使いかき落とします。

【4】 雪さらし
黒皮を編み縄に編み付けて雪の上に広げ、まばらに雪をかけます。
この状態で約1週間ほど天日にさらすと、雪が融ける際に発生するオゾンによってコウゾが漂白されます。
さらし終わった状態を白皮と呼び、白皮は天日で乾燥させます。

【5】 煮熟
繊維を柔らかくするために白皮をアルカリ剤の入った釜で煮ます。
煮熟したあとは水でアルカリを洗い流します。

【6】 漂白・ふしひろい
昔は無かった工程ですが、和紙により一層の白さが求められるため、さらし粉や次亜塩素酸ソーダによる漂白を行います。

【7】 打解
打解機に白皮を入れ、苛性澱粉を加えながら1時間ほど叩き、繊維を一本一本に解きほぐします。

【8】 玉造り・小振り
打解したコウゾの皮は約1キログラムずつの玉状にまとめます。
玉状にまとめるのは「漉き舟」と呼ばれる水槽に入れる原料を量るためです。
さらに水中の繊維を均一にするために黄蜀葵(トロロアオイ)の根のしぼり汁(ニレ)を加えて攪拌します。
この作業を「コブル」と呼びます。

【9】 漉き
溶解された白液の中から紙の繊維を簀桁ですくい取ります。
均一の厚さになるように、余分な水分を振り落とす作業を何回も繰り返します。
これを流し漉きと呼びます。

【10】 圧搾・乾燥
漉きあげた紙はまず圧搾機で圧力をかけて余分な水分を絞り出したあと、熱した鉄板に一枚ずつ敷いて乾燥させます。
さらに不良品を選別して一帖(48枚)ずつにまとめておきます。

【11】 裁断・紙つぎ
縦28.1cm、横40.6cmの大きさに切りそろえます。
筆墨紙の場合は二十五帖(1,200枚,一丸)単位で包装します。
障子紙の場合は19メートルの長さにする紙つぎを行います。
歴史 内山紙は江戸時代の寛文元年(1661年)に信濃国高井郡内山村(現在の長野県下高井郡木島平村内山)の萩原喜右ヱ門が美濃の国で製法を習得して帰郷し、自家で漉いたのが始まりと伝えられています。

また一説には狩りをしながら山を移動して暮らすマタギたちが、移動中に会得した技術で山野に自生する楮から紙を漉き、飯山市大字瑞穂小菅の内山地積にあった小菅山修験場(神仏混淆)に紙を納めて生活の糧としたところから始まったとも伝えられます。
確かな資料が乏しく起源は不明ですが、名前は地名から名付けられたもののようです。

原料となる楮は自生していて容易に手に入ったことから、江戸時代には広く奥信濃一帯で紙漉が行われていたようで、宝永3年(1706年)の「信濃国高井郡水内郡郷村高帳」に「紙漉運上銀二十五匁七分一原」という記載があることから江戸中期には紙製造が徴税対象の産業だったことがうかがえます。

奥信濃で紙の製造が普及したのは、豪雪地帯として知られる奥信濃一帯の農家の冬季の副業として適していたこと、強靱な障子紙の需要が地元や隣接する越後の国で高く現金収入に結びついたこと、そして内山紙の特徴である楮を雪にさらすために雪が役立ったことが挙げられます。

明治時代に入ると製造方法に改良が加えられ、製造工程での動力の導入などが行われます。
明治42年には製造1130戸、販売175戸、原料供給1354戸で長野製紙同業組合が設立されました。
しかし大量生産の洋紙が普及する中で多大な労力がかかる手漉き製造は生産効率が悪く転業が相次ぎ同組合は昭和24年に解散します。

残った生産者が北信内山紙工業協同組合を設立し、350年余続く伝統を守っています。
関連URL http://www.uchiyama-gami.jp/

◆展示場所
飯山伝統産業会館
 〒389-2253 長野県飯山市大字飯山1436-1
 TEL : 0269-62-4019 / FAX : 0269-62-4019



◆イベント開催
(有)阿部製紙 手すき体験教室(組合HPをご覧ください)
 〒389-2322 長野県飯山市瑞穂4894
 TEL : 0269-65-2594 / FAX : 0269-65-4695


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