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総数:336件


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総数:336件

伝統工芸品島根県

島根県
工芸品の分類 和紙
工芸品名 出雲民藝紙

主要製造地域:島根県




《特徴》
出雲民藝紙の特徴を一言でいうと、原料の持ち味を生かすということです。
植物繊維の持つ特色を十分に発揮するように心がけて作られ、楮紙は楮紙らしく、雁皮紙は雁皮紙らしく力強く堂々としていて、いわば男性的な魅力にあふれています。

着色紙や着色模様の紙も作られており、版画用紙やはがき、名刺などその種類は実に豊富であり、用途によって原料や漉き方を変えています。特に雁皮紙は、光沢があり防虫効果も優れているので、保存文書に適します。柔らかな風合いでありながら丈夫で長持ちするのも特徴のひとつです。

昭和43年には、雁皮紙を漉く伝統的技術は高く評価され、重要無形文化財に認定され、出雲民藝紙は昭和57年には島根県ふるさと伝統工芸品に指定されています。

[ 島根県ふるさと伝統工芸品指定および
島根県指定無形文化財 雁皮紙(工芸技術) ]
提供 : 出雲民藝紙工房 様

素材 雁皮、三椏、楮、ネリなど
製法・工法 【1】 原料のゴミとり
白皮を一昼夜水につけ、白皮のキズなどを包丁でとります。白皮3本ぐらいで1枚の和紙になります。出雲民藝紙では一年間で、この皮を約4トン使います。

【2】 煮る
白皮を釜に入れ、ソーダ灰をくわえてやわらかくなるまで煮ます。

【3】 あく抜き、ちりより
やわらかくなった皮は、水の中であくぬきをして、きれいな紙にするため、皮についているゴミを、一本づつていねいにとります。

【4】 原料を細かくだく
皮をくだいて繊維にします。昔は棒でたたくなど手打ちでしたが、いまは、「足踏み式うす」でうつ方法と、「ビーダー叩解機」(機械)でくだく方法と、それぞれ作る紙によって使いわけておこないます。出来たものを「紙料」といいます。
紙を染める場合は、くだいた原料をふたたび煮釜にいれ、 温度をかけながら、染料と原料がよく混ざり合うようかき まぜます。

【5】 紙漉き
「漉きぶね」の中に、紙料と水と「ネリ」(「とろろあおい」という植物の根からでる粘った液)を加え、よくかきまぜて適当な濃度にします。その上で、紙漉き道具の「漉き桁」と「漉き簀」を使って紙を漉きます。出雲民藝紙は「流し漉き」の方法で紙を漉きます。はじめに「掛け水」、つぎに「調子水」、おわりに「捨て水」という三つの操作をおこないます。こうした工程は一般の和紙の漉き方とあまり違いはありませんが、出雲民藝紙の漉き方で、他の和紙の漉き方と違うところは、紙料と「ネリ」の調和の具合と、独特な漉き方の操作です。つまり、他の和紙は、「ネリ」をよくきかせ、漉くときに「桁」の「調子」をとってごみがのこらないように「捨て水」ではねとばしますが、出雲民藝紙の場合は、「ネリ」を少し薄めにして、漉くときもゆっくり「溜め気味」に「桁」を操作して水を捨てるというところです。
こうして漉きあげた紙は、ぬれたまま板の上に一枚づつ重ねていきます。「ネリ」の作用で紙と紙の間に何もはさまなくてもくっつきません。

【6】 水をしぼる
漉いた紙は水分をたくさんふくんでいるので、上から重しで押さえて「水切り」をします。

【7】 乾燥
水切りをした紙を、一枚づつはがして乾燥します。乾燥には、板にはりつけて干す「天日乾燥」と蒸気で熱した鉄板にはりつけて干す「蒸気乾燥」があります。作る紙によって使いわけます。
歴史 出雲の紙の歴史は古く、天平の昔にさかのぼります。しかし、その後衰退し、ふたたび画期的発達をとげたのは江戸時代に入ってからです。

近世に入ってからの出雲の紙は、松江藩主初代松平直正が、郷里の越前から人を招いて松江市郊外の野白に御紙屋を設けたことにはじまります。これ以後、楮栽培の奨励とともに、紙漉きは藩の専売事業として発展しました。つづいて直正の子近栄が、領地である能義郡広瀬町字祖父谷に松江藩から紙漉きの工人を移住させて御紙屋をつくりました。当時の出雲の紙の代表的なものとして、野白紙のほか、広瀬の祖父谷紙、仁多の馬馳紙などがありました。

明治維新後、松江藩の統制から自由になった出雲の紙は、急激な発展を示し、明治前期には、麦稈紙、藁紙によるブームが到来。しかしながら、需要をよいことにして粗製濫造だけでブームをつくったために、やがてブームが去った明治後期には、徐々に衰退していきました。

出雲の別所地区の紙は、松江藩の御用漉きの野白紙の洗練された伝統技術とも、その後その技術を駆使した廉価な改良紙とも言われています。
別所地区は、山間の谷地で耕地が少なく、それを補うために副業として紙漉きを行っていました。紙の産地としてはほとんど知られていませんでしたが、明治32年と33年に土佐から人を招き、技術改良を行ったり、地区内で製紙原料購買を目的とした組合を設立するなど、そうした努力が、後の出雲民藝紙誕生の基礎となります。

安部榮四郎は、明治35年1月14日、島根県八束郡岩坂村別所(現松江市八雲町)に生まれました。安部は、幼い時から家業の紙漉きを手伝い、紙漉きの技を学びました。安部は島根県工業試験場紙業部に入り、そこで各種の紙漉き方法を試みながら技をみがき、後には、島根県下の紙漉き職人の間を巡回して技術指導するようになりました。

そうした活動の中、昭和6年、民藝運動を提唱しはじめた柳宗悦が松江をおとずれ、安部の漉いた雁皮の厚紙をみて「これこそ日本の紙だ」とほめたのが縁となり、安部は民藝運動に参加するようになります。安部は、和紙の持ち味を殺さずに生かして染めた和染紙、水の美しい動きを生かして繊維を漉き込んだ漉き模様紙、楮、三椏、雁皮などの植物繊維の特色をうまく生かして漉き分けた数々の生漉紙を作り上げます。安部の漉いた紙は、「出雲民藝紙」と総称されるようになり、全国に熱心な愛好者を育てました。
関連URL http://www.mable.ne.jp/~mingeishi/

◆展示場所
出雲民藝紙工房
 〒690-2102 島根県松江市八雲町東岩坂1733 ※(財)安部榮四郎記念館の近く
 TEL : 0852-54-0303
 営業時間 : 8:00~17:00
 定休日 : 日曜、祝日、年末年始、お盆、その他臨時休業あり
 ※工房の見学は無料ですが、事前にご連絡をお願いいたします。



◆イベント開催
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